明治初期、田本研三は箱館で写真館を営んでいました。
もし、歳三の遺影が、箱館で撮されたものであるとしたら、田本写真館で撮したものであることはほぼ間違いないでしょう。
(ただ、あの写真は、箱館で写したものではない、という可能性もあるようです)

「田本写真館 會所町15」
現在、箱館には「會(会)所町」という町名は、ない。
が、箱館に行ったことのある方は気づいていらっしゃるだろうか?
箱館は、現在失われてしまった昔の町名を、「旧町名・○○町」という立派な碑にして、各所に立てているのである。昔の町名が消えていくのは残念なことではあるが、せめて、このような配慮がなされているだけでも、救いであろう。
「旧町名・会所町」
この碑は、今の末広町と元町の境目に立っている。
が、番地まではわからない。そこで、同じく明治時代の住居区域図を調べた。
田本写真館そのものの所在は載ってはいなかったが、「会所町15」の場所はわかった。
今の「末広町18」あたり。下の写真の付近である。

厳密には、明治初期から大正にかけて、会所町「15」と「16」の位置が、何度かずれているようだ。
従って、「会所町15」は、この角(遠藤歯科の場所)の時もあれば、その2〜3件向こうの時もあった。
明治初期、田本写真館がここにあったときの正確な「会所町15」はどちらだったのか、わからない。
いずれにせよ、歳三が箱館で写真を撮ったのだとしたら、少なくとも上の画像写真に収まっている場所のどこかを、彼が訪ねているはずだ。
そう思いながら、美しい雪の箱館を歩いた。