第9回放送(3月7日)「すべてはこの手紙」
ダメ男の吹き溜まり
ほんとに、ダメ男の吹き溜まりですよね。試衛館は(笑)
でもね、そんなダメ男達が、芯の通った男の中の男達になるのですよ、間もなく。
めちゃくちゃカッコイイ集団になるのです。
そのギャップが私はたまらなく好きなんですよね。男の美学とか、後世の人間が勝手に冠したものには私は全然興味がなくて(特に歳三は「美学に生きた男」とか言われる事が多くて、いつも納得いかないのですが)、彼らは美学のために生きたわけでもないし、私は彼らに美学を見いだしているわけでもない。
美学とかなんかじゃなくて、彼らは必死だったのですよ。男として認められたくて。侍として認められたくて。美学なんて暢気なこと、微塵も思ってなかったと思いますよ。彼らは。
ダメ男達が必死に頑張って「男」になった。その頑張りが好きなのです。私は。
今、試衛館でダメダメごろごろしている男達が、もうすぐあの同じ顔ぶれで生き生きと働くのです。京都で。幕府のため、国のために。
そのギャップ感を描いて貰えたことは個人的に嬉しかったですね〜。それにしても、今回もめちゃくちゃでしたねぇ(笑)
勇と平助が勝のところで象山、龍馬とシャンパン呑むわ、鉄舟が山南を訪ねて試衛館まで来るわ、源さんが周斎の隠居所(ドラマではふでさんの友人宅かなにかになっているようですが)の庭先を掃除しているわ、オイオイ・・ (;´д`)ノってな設定満載でしたけど、沖田、永倉、山南による悪意のない林太郎苛めとか、辺りを見回して人がいないのを確認してから片手を挙げてみせる歳三とか、大福の匂いでトランス状態になってる左之助とか、瓊ちゃん背負ってる沖田とか、勇と龍馬が胡座をかいている隣できちっと正座してる平助とか、必死な勇の周りがあまりにも”あふぉ”ばっかで、相変わらず嬉しくなりますね。
(注:私の周りでは”あふぉ=愛しい” が通常語として使われております(笑))それにしても徹底的に勘違いしまくってるのが、お琴さんですよねぇ。。。。
あの方、危険ですよ。ストーカー予備軍ですよ。あれじゃ。思い込み激しいし。
あれだけ「結婚する気はない」って、最初からはっきりわかりやすく言ってるのに。イタタな勘違い娘だねぇ。
「……歳三さんが……わからない……」って、おめーの方がわっかんねーよ!( ̄〜 ̄;)
妹を上回らんばかりの勢いのお兄ちゃんが出てくるし。イタイ兄妹だ。。。。勇と歳三のツーショット、ちょっと久しぶりでしたね。なんだかんだ言っても、お互いの藻掻きや苛立ちを、お互いがよく理解しているのがよく表れていて、ダメが満載の中で締まった部分のシーンの一つだった感じがしますね。
ここからは余談なんで流して欲しいのですが。
最近、うちのサイトに、沖田と歳三の仲の良さを、どうしても、なんとしても、史実だと思い込みたい人達(ここまで思い込みたいというからには同人系ですかねぇ。普通はここまで思い込んで騒ぎませんよね)が入って掲示板でわめき散らしていることがたまにあるようですが。
脳内でどう思おうが自由ですが、うちのサイトでそれが「史実だ」と喚くのは勘弁して欲しいもんです。こちらの「沖田と歳三」を参考にしてください
私も同人と無縁ではないんですが、それだけに申し上げたいです。やるな、とは言いません。史実は史実として受け止め、線を引いて楽しみましょうよね。
第10回放送(3月14日)「いよいよ浪士組」
俺は心で武士になる
「将軍様をお守りして京へ上る。そして御公儀に刃を向ける奴らを取り締まる。これ以上のご奉公があるか」
ほんとに。
天領の地にいた彼らにとっては最高に名誉な奉公ですよね。まっすぐで素直な彼らが、国の役に立ちたいと思ったからこそ選んだ道。いい選択だったと思います。そういう選択が出来た彼らを好きでいることに誇りを持ちたいですね。私は幕末を含め、歴史上の人物で「嫌いかも」という人は本当に少ないのですが、何故かどうも、清河八郎だけは好きになれないんですよねぇ。お蓮さんがあれほど清河を愛したのだから、いいところもあった人だとは思うんですよ。だから「嫌い」という言葉までは使いたくないんですけれども、どうも好きになれない。
その清河を評した勇と歳三の違い。終生こんな感じだったのでしょうね、あの二人(笑)これが『近藤に誤なきは、歳三ありたればなり』と順先生に言わしめたことなんでしょう。
この違いが勇の魅力であり、歳三の魅力であり、コンビの魅力なんだと思います。こういうの見てると、京都時代がなんとなく見えてきますよね(笑)
それから周斎先生、本当にもう、泣けてきそうな程あったかくていいお父さんですね。京に出向いた面々の中で最後に周斎先生に会ったのは歳三でしたが、このドラマ見てると勇さんに会わせてあげたかったなぁ、と思っちゃいますね。
「京都で何が待ってるんだろうな。俺たちを」という彼らに、その先のことを教えてあげたいようなあげたくないような。そんな気がした回でした。ということで、本日のMFS(My favorite scene)は、佐々木さんのいやそぉ〜〜〜な表情に決定♪
慎吾君へ
本当にいいお顔になって来られましたねぇ(*´∇`)耕史さんへ
これから京へ行って、池田屋の後くらいから本当にいわゆる「国を動かす偉い人・頼りになる人」として宮家や公儀の間でも名前が挙がる人になっていくわけですが、三谷さんはそれをどういう風に描くのかな。偉い偉い近藤先生だけど、純朴な部分を残すのかな。残さないのかな。
今は等身大の慎吾君でいいけれど、これからはそうもいかないでしょう。大変だとは思いますが、新しい近藤像を見てみたいと思っている人は多いはず。楽しみにしています。(って、もう撮影はだいぶ進んでいるのでしょうねぇ)京都に行ったら、人が変わったみたいになってください(笑)それこそが歳三の神髄です。藤原君へ
でも、すごく苦しかったと思います。そんなところも見えたらありがたいですね。
いじらしい、いい沖田でした!
前回でしたか、稽古で「違う」を6連発しまくってたところなんぞ、なかなかいい感じです。短気な沖田の感じがよく出ていて。沖田は小説の影響で子供っぽく言われることも多いですが、実際は大人だったと思いますよ、かなり。物事をあんまり深く考えずに近藤先生に従っていたところが「子供っぽい」と言われる所以なんだと思いますが、単に「考えなかった」のではなく、「故意的に考えないようにしていた」んだと私は思っています。この部分が沖田のすごく大人な、恐ろしいほど大人な部分なんだと思うんですね。
三谷先生の設定がどういう感じなのかはわかりませんが、より史実に近い沖田、期待できそうで嬉しいです!
第11回放送(3月21日)「母上行ってきます」
勇さん、よかったね
スマスマを見た後で今回のビデオ見たもんだから、くらくらしちゃった。大奥お女中慎吾君(≧ω≦)b OK!!
さて、掲示板でも賑わっていますが。某漫画家さんの中傷発言。
まぁ、それぞれ立場はあると思います。が、この10年弱泣きたい思いで必死に「史実重視布教活動」をしてきた私の立場から言えば。
「 お ま え が 言 う な 」
って感じですね。(言葉が悪くてごめんなさい)
少なくとも、史実重視派の私たちの手を煩わせているのは、三谷さんの大河ファンではなく、明らかに某漫画家のファンのほう。あまりにも史実を踏みにじるのでサイト来訪をご遠慮頂いているのも、後者のほうです。
「創り手に罪はない。すべては受け手の良識とモラル」というのが私の考えなので、クリエイター側を責める気はありません。
ただ、あまりにも現状をわかっていらっしゃらない不遜な発言をされているようなので、ご参考までに。ということで、三谷新選組。
大河を見た方々の思いや意見というのは(ファンであるかないかに関わらず)、史実を重視する私たちのサイトにとって、非常に面白いし、参考になるし、大人な意見が多い。史実重視布教の大変な原動力になっています。
これ一つを見ても、三谷幸喜というクリエイターの格の高さ、レベルの高さがうかがえます。クリエイターの質が高いと、生み出されるファンの質も高いんでしょうね。ありがたいことです。(ちょっと褒めすぎ?(笑))
とはいえ、私は「三谷さん絶賛支持派」ではあっても「妄信的三谷信者」ではないので、一ファンとしての自分勝手な「ダメ出し」はしていきますよ(笑)これからも。さてさて今回。沖田君、日に日にいい感じになってます。おみつさんや(今回のおみつさん、普通でしたね(笑))試衛館の仲間達とのさりげない会話が、彼らを本当に身近に感じさせてくれますよね。
アドリブかな?っていうくらいの(実際はどうなのか、私はわかりませんけれど)自然なやりとりが三谷さんの脚本にはよく出てくるんですが、そういうのがまた私は好きですねぇ。こういう感じでやってくれた新選組作品は過去にないと思います。「生きて」ますよね。それがなんとも嬉しい。ただちょっと、毎回毎回あまりにも、武士武士武士武士武家武家武家武家言い過ぎで、空回ってるかな、という感じがしないでもない。勿論、これはとってもとっても重要なことなので、決して省いて欲しくはないことなんですけれども。
そうそう、歳三の牛革草のエピソード、織り交ぜてくれてましたね〜。
勇さんのニセ虎徹はお兄さんがくださったことにしたのですね。栗塚さんの「新選組血風録」のエピソードよりも、個人的にはすごく好きかも。すっごく愛着のある虎徹にしていくのでしょうね、勇さん。
一生懸命手を振っていたお兄さんの愛情がとても印象的な回でした。さぁ、ここで一段落。
これからどういう風に新選組が描かれていくのか、いろいろ評価が分かれる正念場です。期待したいですね。
三谷さんへ
今まで新選組に興味がなかった人が、大河を見て興味を持ってくれた。谷原さんへ
幕末に興味がなかった人が、とっつきやすくて思わず見てる、と言ってくれている。
庶民的で面白い感じなので、ついつい見ちゃう、という人がいてくれる。
そして、史実か否か、についても、最初から興味や疑問を持ってくれている人が多い。
これだけで(私なんかからみれば)大成功だと思います。
最近、笑いが足りないのが、ちょっと寂しいです(笑)
すごく頭が良くてすごく計算高いんですけれども、最後の詰めが甘い印象があるんです。甲子太郎。
今回も、半分でいいと思ってたのに、結果的に5両、いっちゃってたしね(笑)
どことなくおぼっちゃんな感じがよく出ていて、本当にイメージぴったりで、拝見するたびにニヤニヤしてます。
第12回放送(3月28日)「西へ!」
悪い男だねぇ(笑)
歳三君、悪い男だねぇ(・∀・)ニヤニヤ。しかし貴方の、目標を決めたら、揺れることなく、迷うことなく、言い訳がましいことも言わず、真っ直ぐに結果を出しにいくところが好きですよ。
何かを成し遂げようとするときは、必ず周りから異論や文句が出る。けれど自分がこうと決めたらそれに惑わされる事なく進まないと、目的には辿り着けない。目的に向かう道はできるだけ太く真っ直ぐがいい。その方が自分を信じてついてきてくれる人が楽に一緒に道を歩めるから。
な〜んてそんな感じで、私もサイト運営やってますが(笑)それにしてもねぇ。
捨助、可哀想だったよね(笑)さすがに可哀想だと思いましたですよ(笑)(←でも(笑))
呼ばれなくてもやってくる愛すべき捨ちゃんのキャラ見極めての、歳三のこれまた愛すべき悪行(*´∇`)なんでしょうけれども。
「なんとしてでも捨助を京に行かせないでくれ」と滝本のお父さんに言われていたという設定だから、50両前借りで捨助を無事に江戸に押しとどめてやったぞ、的な考えなんでしょうかね(笑)きっと返しますよ。歳三のことだから。先番宿割は卑役だと試衛館一門怒ったという話もありますが、今回の方が純粋でいい設定かなぁ、と個人的には思いますね。どんな役でも役付きは役付きですもんね^^
おみつさん、最近普通になってきて、それはそれでなんだか寂しいと思うのは私だけ?(笑)
京都に絶対ついていくと思ってたのに(´・ω・`)いえいえ、でもこれでいいんですよ。最後にすごく素敵なおみつさんで、よかったです(ってこれが最後じゃないだろうけど)
おツネさんは、史実では晩年、勇五郎の後妻(瓊ちゃんの後釜ですね)を相当厳しくいびりまくった、という話もちらほらあって、勇先生が京都に行ってしまってから本当に寂しい日々〜晩年だったんだと思います。辛かったろうなぁ(ノд-。)でもって、お琴さん。
よかったねぇ。髪乱れて、あのすっごく満足そうな顔(笑)
ただし、歳三は初めっから、お見合いさせられたその日その瞬間から「結婚する気はない」と明言してるわけだからね。猿でもわかるほどはっきり言ってる。
それを承知で歳三を追いかけ回している以上、泣くことになっても100%自業自得。歳三に罪はないわよ(今のところは)。その辺、何があっても甘えないでよね、って感じですな。
ただ。女としては、ものすごくわかる。お琴さんの気持ち。
好きになったら、これだけ好きになったら、やっぱなかなか諦めきれないよね。0.001%でも望みがあるかもしれないのなら諦めたくないよね。わかる!!
そういう状況なだけに、今回、歳三に抱かれて嬉しかったんだろうねぇ(*´∇`)
この先、京都まで追いかけていく、という話もちらっと聞いたけど(?)その気持ちはわかる!!気持ちは100%わかる!!が、どんな結末になっても歳三のせいじゃないってこともわからないといけないよ(笑)
史実では、歳三が京で買ったお土産があるんだけど、それ、貰ったのかな?お琴さん。新選組初心者とか創作物好きって人の中には、歳三のことを「嫌われ者」とか「冷酷で残虐」とか言う人がいますが、これはまさに小説のイメージに囚われきっているパターン。頑張ってこれから史実を知る機会を得ていって欲しいと思います。
歳三の名誉のために言っておきますが、歳三が嫌われ者だったなんて記録なんぞ、どこにもありゃしません。多くの作家達による「新選組副長土方歳三はこうあらねばならぬ!(じゃないと小説が盛り上がらん!)」というイメージ付けを、そのまま鵜呑みにされてしまうのはとても残念。
ただし、個人的に歳三を好いていなかった、という人の記録は確かにいくつかある。しかし逆に、歳三はめっちゃ感じのいい人やでぇ〜!と言っている人の日記もいくつかあるのだ。
人間なんだから、好きな人嫌いな人がいるのは当たり前。なのに一概に「嫌われ者」などと決めつけるのは歳三に失礼ですよね。そんなこと、当時に戻らない限り、誰もわかりゃしないんだから。歳三は多摩時代、病気だった小島さんのお母さんに涙が出そうなほど優しい手紙を書いたり、甥っ子をそれはそれは可愛がったり、仲人の使い走りを必死にこなしたり、と本当にカワイイ人だった。
箱館時代も有名ね。「赤子が母を慕うかのようにみんなが歳三を慕った」と語り残されている。
時々、歳三は、京都の後から優しくなった、大人になった、成長したと言われるけど、そうじゃない。(勿論、苦労した分成長はしただろうけど(笑))
私は多摩時代が得意研究分野で、彼の日常や生活の細やかな資料を山のように見てきているんだけれども、彼は本当に優しい人だったんですよ、あの頃から。京都時代を超えてから優しくなったのではなく、多摩の頃から箱館時代と同様、優しい人だったんだよね。その辺、しっかり伝えていきたいと思ってるんですけど。歳三は、京都で私(情)を捨て、公に尽くした人だと私は思ってる。
どうしたら、幕府に報い、近藤を立て、新選組としての仕事を立派にやっていけるかを、自分の情ではなく第三者の目で客観的に考え、それに従って自分自身の心や情をも動かしていた人じゃないかな、と私は感じるのね。
彼自身が冷徹なわけでも非情なわけでもなくて、幕府や近藤や新選組にとって自分が必要と思った道を、自分の損得抜きに客観的に造っていき、そこに自分をも当てはめた人だと思ってる。
それだけに、その非情な道に歳三自身、苦しんだこともあったと思うんですよね。確かに私は歳三贔屓(笑)贔屓な感情もどこかにあるのかもしれない。それは素直に認めます(笑)
けれどね。
私は歳三が好きだから贔屓目に解釈しているというよりも、彼がこういう人だと解釈し感じたからこそ、土方歳三を好きになったのだと思うのですよ。今回、捨助に対しての歳三はあんまりといえばあんまりだったけれども(あれは史実じゃないからね。念のためw)、これからも歳三は誤解されるようなことをたくさんしていくことになるでしょう。
公のために引いた客観的な棘の道を、自分をも犠牲にして言い訳ひとつせずに歩いていった歳三を、史実だけではなくドラマの中でも私は見守っていきたいと思います。