実は、ここのところちょっと創作モノの新選組から距離を置きたくて、原作をまだ読んでいないんです。お恥ずかしい。
なので、本当は新選組ドラマも見ないようにしたかったんですけど、お手軽な民放だし、あれだけ宣伝されるとやはり気になってしまいますよねぇ。てなことで、見てしまいました。
ということで、あくまでも原作読まずのドラマのみの感想ですが。とにかく感じたことは、『新選組とその時代背景、周辺人物の名前を借りただけの、まったく違う世界のドラマ』という事でしょうか。正直、がっかりです。
書店で原作のタイトルを見たとき、「はぁ?糸里の小説?めずらすぃ」と思ったのですが、案の定、相手は単に平間ではなかったのですねぇ。う〜ん。創作ですから史実の隙間を縫うのは当然だし、むしろそこが創作の見せ所なんですから、どういう隙間の縫い方をするのかとても楽しみにしながら小説なりドラマなりの作品を味わわせて貰うんですけれども。
やってはいけないというか、やってしまうと途端に作品のレベルが落ちる隙間の縫い方ってものがあると思うんですよ。【時代考証や史実を無視し、どう考えてもあり得ないことを縫い込む】
【史実部分を必要以上に思い切り歪曲してしまう】
この二つは重なる部分もあるんですが。今回のドラマ、これ、両方ともやっちゃいましたね。
創作ってのは、主役さえ美しくかっこよく描けばいい、ってものではないと思うんですよ。
糸里を思い通りに描きたいあまり、周りの人物を破壊しまくってる。犠牲にしてる。中でも今回一番被害が大きかったのは歳三さんではないかと(笑)
そもそも、土方と糸里の組み合わせにまずびっくり。はぁぁぁぁ?凄いですねぇ(苦)
無名の糸里を主役にするには、やっぱり歳三さんとくっつけるのが一番なんでしょうけどねぇ。はーーびっくり。それはともかく、史実の歳三さんをよく調べている歳三ファンで、創作とはいえ今回の扱いに納得できた人ってあまりいないんじゃないでしょうかね。
あの時点で、『多摩に帰って百姓をやりたい』などと、どの口が言うのかと(笑)
歳三さんの書簡やその後の言動をちゃんと調べているのなら、あんな台詞吐かせるわけがない。絶対にあり得ない。
一度ならまだ、表には絶対に現すことのない心内を気の置けない人に吐いた、と解釈する向きもあるだろうけど(私はそれもあり得ないと思ってますが)、2〜3度言ってなかった?
あんまり馬鹿にしないでよ、と情けなくなりましたよ。あれは歳三じゃない。歳三の片鱗すらない。
いきなり人斬って返り血浴びてるし。ありえなす。芹沢に対して怯えすぎ。あ〜あ。近藤土方と並んで、糸里が容保に拝謁。はぁぁぁ?
糸里の客が容保と慶喜?はぁぁぁぁぁぁぁぁ????
ここまでくるともう、どっちらけ。時代考証も歴史考察も、めっちゃくちゃ。
いくら安物ドラマでもあんなの見せられるとがっかり。気持ち込めて見れなかったですよ。適当に作ってんだなぁ、と。俳優さんや女優さん達はよかったですよ。
上戸彩ちゃん、すごく可愛いかった。伊藤さんも、獅童さんも、よかったですよ。温水さんもよかった(笑)
それだけに適当な作りの作品が本当に残念でならないんですよ。新選組の名を使うのであれば、もっと、糸里や他の女性達以外の人達も大事に描いて欲しかった。彩ちゃんの可愛さだけは充分残りましたが、他は後味の悪い思いでございました。なんか、悲しい。
(だからちょっとの間、離れたかったんですわ。虚構から。こういうひどいのが受け流せる心境に至れるまで……。)あぁ、三谷さんの大河はよかったなぁ。あれで新選組創作物恐怖症から脱出できたと思ったのに、またこれか……。